「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第28話

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エルシモとの会見編
<チョコレート>


 そのままの位置では食べる事ができないのでエルシモさんには一度立って貰って、ココミが少し離れた位置にあった椅子を私の前にある机の所まで移動させる。そして、サンドイッチの皿の1枚を私の前に、そしてもう一枚をセットした椅子の前に移動させて準備完了。改めて席についてもらった

 「さぁ、遠慮せずどうぞ」
 「ああ」

 私から勧められて後は食べるだけと言う状況なのに、エルシモさんは目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばす事無く、なぜか躊躇するかのような顔をして固まっていた。あれ? さっきまでは興味津々と言った感じだったけど、どうしたんだろう? 野盗をやる前は冒険者をやっていたと言う話だし、何かうますぎる話を前にすると疑って様子を見てしまうような癖がついているのかな?

 確かに今の状況はエルシモさんの立場からするとちょっとうまい話っぽいけど、だからと言ってここでエルシモさんに何か罠を仕掛けたとしても、私には何のメリットも無いって事も解りそうなものだけどなぁ。まぁ、それでもありえない話ではないから念のため、

 「好きな物から食べればいいですよ。サンドイッチは軽食ですから、コースと違って食べる順番は特に決められていませんから」
 「あっ、ああ」

 そう声を掛ける
 最初は疑っているかもしれないからと「大丈夫、毒とかは入っていませんよ」なんて事を言おうかとも思ったけど、それでは余計に怪しすぎると言う事でとりあえず無難な事を言ってサンドイッチを勧めてみたんだけど・・・う〜ん、逆効果だったかなぁ? なんか先ほどまでよりも、より一層顔がこわばった気がする

 「どうかしました? 遠慮せず食べてもらっていいですよ」
 「ああ、解っている」

 解っているというわりには一向に手をつけようとしないエルシモさん。なにやら緊張したような面持ちでただひたすらサンドイッチを睨みつけるだけだ

 ホントどうしたんだろう? そんな事を考えていたら不意にエルシモさんが顔をあげ、私に対して何か言いたそうな顔をした。ん? どうしたのかな? なんて思いながら何かを言い出すのを待とうとしたら、エルシモさんがその口を開く前にココミが「私ごときがアルフィン様に御意見するのも恐れ多いのですが」とでも言いたげな、本当に申し訳なさそうな顔をしながら、私に対して不思議な事を言い出した

 「失礼いたします、アルフィン様。もしかしたらこの方は、食べ方が解らないので手をつけるのを躊躇なさっているのではないでしょうか?」
 「えっ? ココミ、何を言っているの? いくらなんでも流石にそれは無いのではないかしら? だってサンドイッチよ」

 いやいや、流石にそれは無いでしょ。最初、ココミが何を言っているのか理解出来なかったから一瞬呆けてしまったけど、言っている事を理解した瞬間、思わず噴き出しそうになってしまったわ。「流石にその発想は無かったなぁ」ってね

 だってサンドイッチよ? 具をパンで挟んだ物だから、その形を見れば普通に手で食べればいい事くらい解りそうじゃないの。まぁ確かに、もしエルシモさんがどこかの国の世間知らずな王子様だったり、大貴族の御曹司や大商人の箱入り息子とかなら手掴みで物を食べるなんて発想がまったくできなくて、サンドイッチを前にしても食事をするのにナイフとフォークがなぜないのか? なんて漫画みたいな事を言い出す事が有り得なくは無いかもしれないわよ。だけど彼は元冒険者で今は野盗のリーダーなのだから、そんな上品な暮らしをしてきたとは到底思えないわ。それにミシェルからも食事にパンを出しても特に変わった食べ方をしていると言う話は伝わってきていないから、きっとエルシモさんたちはパンを手掴みで食べているはずだ

 ・・・手掴みで食べてるよね?

 でもね、思わずクスッと小さく笑ってしまった後にふと、思考の隙を突いてこみ上げてきたそんな疑問。ありえない内容で本来は考えるまでも無く切り捨てられるはずのその疑問の方が逆に正しいのだと裏付けるかのような態度を、なんとエルシモさんは取り始めたのよ

 先ほどのココミの言葉を受けて思わず噴出しそうになってしまった私の顔を見て、エルシモさんは一瞬情けない顔をした後にまた視線をサンドイッチに移して、睨みつけるような顔をしながら押し黙ってしまったの。その上、額には薄っすらと汗までかいているように見えるんだけど・・・

 「まさか、本当に食べ方がわからない・・・とか?」

 確かに疑問は感じたけど、まさか実際にはそんな事は有り得ないわよね? なんて思いながらの言葉だったけど、私の問いに対してエルシモさんは心の底から助かったと言うような顔をして

 「はい、すみません。食べ方を教えてください」

 と頭を下げてきた。驚いた事にどうやら先ほどココミが言った事が本当に正しかったみたいで、なんとエルシモさんは目の前にあるサンドイッチの食べ方が解らず、どうしていいかと思考の迷宮に迷い込んでしまって固まっていたみたいなのよ

 もぉ、そうならそうと早く言えばいいのに。あまりの事に今度は本当に噴き出してしまい、私はクスクスと笑いながらもサンドイッチの食べ方をエルシモさんにレクチャーする事にした

 「うふふっ、解らないのなら先に言ってくれればよかったのに。まさか本当にサンドイッチをどう食べていいか解らなかったとはね。これは昔、カードゲームが大好きなサンドイッチ伯爵と言う貴族がいてね、あまりにカードゲームが好きすぎた彼は食事を取る時間も惜しいからと言って、ゲームをしながらでも片手で簡単に食事を取れるようにと研究して出来上がったのがこの料理なのよ。だから豪華に見えるかもしれないけど、見た目の通り手掴みで食べれば大丈夫よ」
 「だが、ソースがかかっていたり、白い粉がかかっている物がある! これも手掴みで食べるのなら指先がよごれてしまうぞ?」

 どうして? それは特に問題ないんじゃないの?
 先程のココミの発言同様、エルシモさんが何を言っているのか解らずにまた一瞬呆けてしまう私。だってさぁ

 「え? 汚れたら横にあるおしぼりで手を拭けばいいだけじゃないの」
 「へっ?」

 サンドイッチの盛られた皿の横には食べる前に手を拭くためだけでなく、手が汚れた時にも使えるようにとココミが気を回して少し多めに用意してくれたおしぼりが置いてある

 そう、汚れたらそのおしぼりで手を拭えばいいだけなんじゃないかな? そんな至極当たり前の事を言っただけなんだけど、今度はエルシモさんが何を言われたのか解らないと言う感じで呆けた顔を私に向けた。あら、先ほどは私もこんな感じの顔をしていたのかしら? これはちょっと間抜けすぎるわねぇ、これからは気をつけないと。そんな事を考えながらも、エルシモさんがよく解っていないようなのでおしぼりの説明をしてあげたんだけど、

 「さすが王族、こんな上等そうな布をそのような用途に使うとは」

 なんて事を言われてびっくりする私。えっ、上等そう? 何を言ってるの、この人は? だってこれって別に絹とかサテンのような特別な生地を使って作られているわけでも無い、普通のハンドタオルタイプのおしぼりよ? それに

 「え? これって誰でも使うんじゃ・・・? まさかうちの城でも、おしぼりを日常的に使うのって私たちだけなの?」

 あまりに驚いてギャリソンの方に振り向いて聞いてしまった。これでもし私たちしか使っていないなんて言われたらどうしよう? なんて思いながらね。でもそれは杞憂に終わり、恭しい態度でギャリソンはこう答えてくれた

 「アルフィン様、イングウエンザー城ではメイドたちも含め使用いたしますが、この者の様子からするとこの国では御手拭を使用する文化が無いのではないかと思われます」
 「ああ、なるほど。そう言えば外国にはおしぼりは無いって聞いた覚え、あるかも」

 そうか、エルシモさんたち、と言うかこの国ではおてふきと言うもの自体がないのかもね。あぁ良かった。今まで私たちはサンドイッチやハンバーガーを食べる時には何時もおしぼりを使っていたけど、実はその姿を見ながらギャリソン達がずっと「なぜこんな物を使っているのだろうか?」なんて疑問に思っていたとしたらどうしようかと思ったわ

 と、ほっと一安心した所でエルシモさんの方に向き直り、おてふきの説明をする

 「エルシモさん、この国では一般的ではないかもしれないけど、この布はおしぼり、または御手拭と言って手についた汚れを取るためのものだから、手が汚れたら遠慮せずに使ってくださいね」
 「ああ、それではありがたく使わせてもらうとしよう」

 やっとすべての事に合点がいったと言うような顔をして笑顔になるエルシモさん。これでもう何の問題もないみたいだね

 「それではもう解らない事はないわね? ならサンドイッチを堪能して頂戴」
 「おう! ありがたく頂くとしよう」

 そう言うと、エルシモさんは今度こそどれから食べようかとサンドイッチを見渡し始めた。その目は右へ行ったり左へ行ったりと迷いながら忙しなく動いていたけど、ついに決まったようで

 「よし、最初はこれにしよう」

 そう言うとある一つのサンドイッチに手を伸ばした。へぇ〜、それを最初に選ぶんだ。ちょっと予想外、男の人だから肉系のサンドイッチを最初に選ぶと思ったんだけどなぁ

 「えっ? それを最初に?」

 するとそれを見たココミもその選択が予想外だったようで、驚いたような声を上げてしまい、すぐに横に立って居るギャリソンに窘められる。まぁ、それがなんなのかを知っている私としても、ココミが思わず驚きを口に出してしまったその気持ちも解らなくも無いけどね

 と言うのもエルシモさんが選んだものは、本来デザート代わりとして最後に食べるようにとパティシエ達が作ったであろう物の一つ、チョコクロワッサンだったからなのよ。うん、流石に私もそこから行くかぁなんて思いはしたけど、どれから食べるかは人それぞれ違うからね。そう思い、ココミに「いいのよ」と声を掛けてから

 「好きなものを好きな順番で食べてもいいですよ」

 と、エルシモさんにも声を掛ける。すると彼は手に取ったチョコクロワッサンを観察し、香りを嗅いでからおもむろに噛り付いた

 「っ! 甘っ! 美味っ!」

 一口食べた瞬間、エルシモさんの表情が劇的に変わる。その表情は驚きと言った感情のものだったが、その表情も一瞬でおいしいものを食べた人共通の物に変化して行く。そしてその顔はなおも変化して行き、最後にはいつもの精悍と評していい表情からは想像出来ない程とろけてきってしまって、幸せを通り越して至福の表情へと昇華して行った

 そんな至福の表情を浮かべるエルシモさんだったけど、このチョコクロワッサンがどんな物でできているか興味を持ったようで、片手のチョコクロワッサンを持ったまま、ココミに向かって質問を飛ばす

 「教えてくれ、これはなんと言うソースなんだ? それにこの具は?」
 「ソース? ああ、これは生クリームです。今回はガナッシュに負けないよう、コクの強い乳脂肪分45パーセントのものを使用しているそうですね」

 エルシモさんの質問にココミが丁寧に答えているのを聞いていて思ったけど、こんな質問をすると言う事はこの国には生クリームって無いのかな? それにチョコレートも知らないみたいだし、これも無いのかなぁ? いや、単純に甘いものを普段からあまり食べないとか? でも、それだと最初にチョコクロワッサンなんて選ばないよね? あっ待って、チョコレートはあるかもしれないけど、ガナッシュと言うものが無いのかも?

 「あ、ガナッシュと言うのは簡単に言うとチョコレートを一度溶かして生クリームやブランデー、香辛料などを加えて固めたものです」
 「ちょっチョコレートだって!?」

 どうやらココミもそのことに気付いたようで、ガナッシュはチョコレートから作られていると説明すると、エルシモさんは予想以上に大きなリアクションを取った。ああやっぱりあるんだ、チョコレート

 私が今まで住んでいた現実世界では嗜好品であるチョコレートの原料であるカカオ豆は貴重品で高級品に分類されるけどお金を出せば買える程度のものだし、昔は大量に取れて世界中で食べられていたと言うくらい人気の食べ物だった。だから、ボウドアの村で栽培されていた小麦のように私たちの世界と同じ植物が栽培されているこの世界でも、きっとカカオ豆は栽培されていると思ったんだよね

 「その反応からすると、この国にもチョコレートはあるみたいね」
 「ああ、ある。だが、一部の貴族しか手に入れることの出来ない高級品ではあるがな。なるほど、かなり苦いという話だったが薬としてではなく、調味料として使えばこれほどいい香りがするのだな」

 エルシモさんの大きすぎるリアクションから、チョコレートはこの世界でも高級品なんだろうと思ってその部分では特に驚きは無かったけど、その後の薬と言う言葉に私は大きな違和感を抱く。どうやらそんな違和感が私の顔に出ていたらしくて、エルシモさんはこの国で流通しているチョコレートに関して、自分が知っている事を話してくれた

 「俺が前に聞いた話からすると、確かチョコレートと言うのは強力な殺菌作用のあり、さらに老化を遅らせる効果もあると言われている高価な薬だったはずだが? 違うのか?」
 「えっ? チョコレートってお菓子・・・って、ああ、そうだ! 聞いた事がある」

 私の中の常識からするとチョコレートはお菓子でしかないけど、確か前にテレビの健康を扱った番組で見た事がある内容を思い出した

 「そう言えばカカオの含有量が高いとお通じの薬とか癌予防に効くとか言う話を聞いた事があるわ。それにチョコレートに含まれているポリフェノールは抗菌・抗酸化作用があって、その効果で活性酸素を、簡単言うと老化の原因物質の発生を抑える作用があったっけ」

 私の言っている内容を聞いて、いったい何を言っているのかまったく解らないと言った顔をするエルシモさん。それには気付いていたけど、私はその分野の専門家ではないから詳しい説明はしない。と言うよりできないのよね、私自身その辺りはよく解らないから

 「あっ、でも私たちの国では薬と言うよりお菓子のイメージが強いのよね。砂糖やミルクを加えて全体のカカオの含有量を50パーセント以下にするとかなりおいしいのよ。私の場合は40パーセント以下にしたミルクチョコレートの方が50パーセントのビターチョコレートより好きね」

 とまぁ、説明できない以上その話は早々に切り上げて、とりあえずそう言う効果がある事は知られてはいて薬として使われる事もあるけど、どちらかと言うと私たちの国ではお菓子として流通することが多いのよと説明する。そうしたら

 「お菓子だと? こんな高級品を薬ではなく日常的な嗜好品として扱っているというのか?」

 と、物凄く驚かれてしまった。まぁ、確かに自分の中の常識で高価な薬だと思っていたものが外国に行ったら、日常的に食べられているお菓子として扱われていたなんて場面に出くわしたら私でも驚くだろうから解らなくも無いけどね

 でも待てよ、確かにこの国で薬として、それもかなり高級なものとして流通しているというのならチョコレートのお菓子と言うのはかなり貴重で希少なものと言う事なんじゃないのかな?だとすると・・・

 「どうかしたのか?」
 「ん? ああ、別にたいしたことじゃないわよ。先ほども言ったけど私の国とこの国とでは物の価値が、特に食品の価値が違うから誰かを招いた時とかに変なものを出してしまったら驚かせてしまうなぁなんて考えていただけ」

 咄嗟にこう答えてしまったけど、当然私はこの時別の事を、と言うかチョコレートの有効な使い方を考えていた。チョコレートが薬として珍重され苦いにもかかわらず無理をしてでも食べられていると言うのなら、そのチョコレートをおいしく食べられる上に薬効効果のあるお菓子として紹介すれば貴族へのいい手土産にできるのではないかと

 とりあえず、近いうちにこの土地の領主の所に行くつもりだし、それ以降も町を治める領主と会ったりする機会もあるだろう。ならばその時にわが国の高級菓子としてこのチョコレートは使えるのではないか? そんな事を考えていたのだ

 でも、今のこの短い時間ではこのチョコレートが有効に使えるという話を考えても仕方がなかったりもするんだよね。領主への土産にするにしても内容や器とかも考えないといけないし、何より効果的な見せ方を考えないといけない。それは私一人で考えるよりギャリソンやメルヴァ、それに料理長も含めて話し合うべきだ

 「さて、いつまでもチョコレートの話をしていても仕方がないし、他のサンドイッチも食べて感想を聞かせえもらえるかしら?」
 「おう! 任せて置け。さて、それでは次はこの肉がたっぷりのサンドイッチを貰うかな」

 と言う訳でこの話は一時保留。本来の目的である、この世界の人たちにとってうちの料理がどれほどの物かと言う確認を進めないといけないと思い直し、エルシモに他のサンドイッチを進め、「さて、どのタイミングでワインを勧めるべきかな?」などと考えながらエルシモの様子をじっと観察するアルフィンだった

あとがきのような、言い訳のようなもの


 読んでもらえれば解るとおり、先週のB面のような話でした
 因みにエルシモとの会見は次回もまだ続いたりします。書いているうちにこれからの展開上、こいつに話させておけば後々色々と楽そうなのでw

 チョコレートに限らず、元々は薬だったものが今は普通に食品として出回っているものは多いですよね。でも、その中でもチョコレートって別格だと思うんですよ。なにせこのチョコレートと言うものだけで物産展が行われ、その物産展が人気のある北海道展の売り上げさえ超えて、年間で1位の売り上げを記録するほど愛されているお菓子なのですから

 しかし、本当は今回の話って先週のB面パートは半分くらいにして残り半分は他の話になるはずだったんだけどなぁ。なぜ私が書くとこんなだらだらと長い話になってしまうのだろうか?
 オマケに文字数もいつもの目標文字数を上回っているくらいだし(汗)

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